今回は椅子の歴史から見る注文住宅における家具の重要性についてお話をしていきます。
恐らく今の時点で
- 高い家具を入れればいい
- 家具なんて最初の段階で何を入れたいかなんてわからないし、後々考えればいい
そう思われている方が9割を占めるのではないかと思います。
確かに金額の高い家具は高いだけの理由と価値が存在するので、そういった家具を入れた方が空間をおしゃれに仕上げやすくなる傾向はあります。
住宅営業マンや設計士からいきなり「どんな家具を入れたいですか?」と聞かれても「こっちは素人なんだからそんなのわからない!」と思われる方が大半のはずです。
むしろ素人でもわかるように説明してくれという感じですよね。
ですので最初にどのような家具を入れたいかと聞かれても「わからない!」と思うのも無理ないわけです。
しかし残念ながらその思考でいると、後々痛い目を見る可能性があるのです。
なぜなら本来の建築は、建物と一緒に家具をつくるからです。
このことを理解して家づくりをするのと、理解しないで家づくりをするのとでは、結果が大きく異なってきます。
具体的にお伝えをすると、しっかりと知識のある人は、SNS映えするようなおしゃれで洗練された空間をつくれる一方で、知識のない人は、どこかちぐはぐさを感じる、例えるなら生ハムメロンのような、違和感を感じやすい空間になるのです。
「いやいや、それってあなたの感想でしょ?」と思われて、私に対して否定的な感情をもたれた方もいるかもしれません。
ただ私の説明に対して否定的な意見をもたれるということは、建築の歴史をすべて否定することになります。
なぜなら、世界で初めて建築ではなく椅子をつくった超有名人物であるマルセルブロイヤーも「家具こそが空間の質を決める。」と言っているからです。
そしてマルセルブロイヤーこそが、現代における家具のベースをつくったと言っても過言ではないのです。
ではこれらが一体どういうことなのか、そして注文住宅における家具の重要性とはなんなのか、わかりやすいように大枠から掘り下げてお話をしていきます。
この記事を最後まで読んでいただければ、皆さんの家具に対する見え方が大きく変わるはずです。
例えばこの椅子
この椅子を見て皆さんはどう思いますか?
この椅子のすばらしさを一瞬で読み解くことができますか?
なんとも思わなかった、この椅子を見ても読み解けなかったという方は、本記事を最後まで読んでいただければ、今お見せした椅子を読み解けるようになるはずです。
ですのでぜひとも最後までお読みください。
ただ正直、かなりレベルの高い内容となっているので、より完璧な家づくりを目指したい方や、少しでもエッセンスを取り入れておしゃれな空間をつくりたいという方のみお読みいただければと思います。
家具はそれ単品で見てもあまり理解できなくて、その背景にある歴史から紐解いていかなければその重要性がわからないのです。
その他の芸術品も同じです。
例えば「フランダースの犬」という昔のアニメがあるのですが、そのアニメに出てくる「キリストの昇架」という絵画があります。
この絵画に描かれている人たちはすごくマッチョに描かれているのですが、これがなぜマッチョに描かれているのかというと、国や地域をまたいだことによる言語の壁、これを突破して絵でキリストがヤバいというのを伝えたかったからです。
当時は宗教改革というのがあって、カトリック信者を少しでも増やすために、こういう絵を使って信者を増やしていました。
要は筋肉がすべてを解決するという話で、筋骨隆々の絵で言語の壁を突破していたのです。
これは現代にも通ずる部分があるような気はしますが、とにかく歴史的な背景を知った上でこの絵を見ると印象が変わります。
椅子もそれとまったく同じで、全体的な流れを見なければ椅子の何がいいのか悪いのかというのがわからないのです。
特に名作とよばれる家具は多くの人に影響を与えるほど価値のあるものだったため名作とよばれているわけです。
そのため名作家具、さらにその中でも空間の個性の象徴とされる椅子を時代ごとに順番に紐解いていくことで、家具の何たるかがわかってきます。
名作椅子から見る一連の歴史
まずは名作椅子から見る一連の歴史からお話をしていきます。
まず1900年代以前の椅子というのは、バロックやロココに代表されるような伝統的な装飾が施されたものが主流でした。
当時は装飾といえば、権威性や威厳性を表すものであり、王族や貴族が好んで使っていたのです。
そして、そういった装飾こそが伝統的で美しいとされていたわけです。
では、庶民は椅子を使えなかったのかというとそうではなく、中流階級くらいの人に向けて、廉価版の椅子をつくっていた人がいました。
それがトマス・チッペンデールです。
バロックやロココほどの派手さはありませんが、確かに似たような装飾がされています。
これによって王族・貴族が使うものは高すぎて買えないけど、それに憧れをもっていた中流階級の人たちは好んで使うようになります 。
また、こういった装飾がほぼない椅子も当時から存在していて、農民や一般人にも人気でした。
有名なのが、ウィンザーやシェーカーといった椅子です。
ただウィンザーやシェーカーの話をすると北欧家具の方に話が逸れてしまうので、一旦これらの椅子の説明は飛ばします。
とにかくここでは、当時階級ごとに座っていた椅子が違っていて、何が大きく異なっていたのかというと、椅子の装飾がものすごくあるのか、そこそこあるのか、まったくないのか、これらの違いがあったということを理解してください。
そんな中、フランス革命と産業革命が起こったことにより、椅子の形は大きく変化します。
というのも、機械生産が行いやすく、かつ偉そうに見せる装飾がされていない非装飾的でシンプルな椅子が生まれ始めたからです。
こうして「今までいいとされていた伝統的なものから脱却して工業化による新しいものをつくろう!」という雰囲気になります。
モダンデザイン
この時代に生まれたのがモダンデザインです。
そしてモダンデザインを語る上で最初に知っておかなければならないのが、チャールズ・レニー・マッキントッシュです。
彼はイギリス生まれの建築家で、ヒルハウスチェアやウィローチェアといった椅子をつくったことで有名です。
見ていただければわかりますが、直線的で装飾がまったくされておらず、とても機械的な印象を受けるのですが、実はマッキントッシュ本人はかなり装飾をしているつもりだったのです。
というのも、ヒルハウスチェアはその名のとおりで、ヒルハウスという彼が設計した住宅のためにつくられた椅子なのです。
ヒルハウスの内装を見てみると非常に装飾的ではありますが、洋館のようにものすごくゴテゴテしている感じではなく、どこか日本的でスッキリと整えられた装飾がされているのがわかると思います。
それもそのはずで、マッキントッシュは生命的なモチーフを使用したウィリアムモリスやアールヌーヴォー、
直線的な造形を行ったゴドウィン、
そして日本や中国の影響を受けて、このようなアールヌーボーと東洋を混ぜ合わせたかのような空間をつくったのです。
ただし、残念ながらヒルハウスの方はあまり有名にならず、椅子の方だけが有名になっていきます。
なぜなら、マッキントッシュのヒルハウスチェアは、従来の装飾でゴテゴテしたものではなく、直線だけでも美しいものがつくれるということ、これを証明したからです。
そして「直線だけでも美しいものがつくれるということ」この事実は多くの人に影響を与えます。
具体的には、ドイツ工作連盟やアールデコ、そしてル・コルビジェです。
ル・コルビジェは歴史上最も有名な建築家ですが、昔の建築家というのは、建物に合わせて家具をつくるのが一般的でした。
特にル・コルビジェの椅子で有名なのが、グランコンフォートチェアことLC2です。
ル・コルビジェは装飾よりも機能の方が重要であると考え、装飾を徹底的に排除したのです。
それにより、直線的で座るという機能に特化させたグランコンフォートチェア、訳すと「ものすごく快適な椅子」をつくったのです。
では、グランコンフォートチェアことLC2のどこが快適なのかというと、包み込むような座り心地になります。
そしてその包み込むような座り心地をつくり上げている椅子の構造がかなり特徴的なのです。
というのも通常、椅子というのは木材を使って
- 脚
- 座面
- 背もたれ
- 肘掛け
これらのパーツをつくり組み立て、さらに仕上げ材として、布やクッションを貼って1つの椅子を完成させるわけです。
要は椅子の骨格となる木材は内側に、布やクッションは外側に付いているという構造になっているということです。
しかしLC2は逆で、骨格となる鉄パイプが一番外側にあるのです。
そして内側にあるクッションが崩れないように、外から抑え込む構造になっています。
座面や肘掛の内部に硬い素材がなくフワフワなので、グランコンフォート、つまりは「ものすごく快適」なわけです。
このような感じで、コルビジェは、座るという機能のために椅子を構造から変えてしまったのです。
既存の装飾や構造にとらわれず、椅子はもっと自由につくっていいというコルビジェの考えがあったからこそ、LC2は名作と言われているのです。
また、同じ時代にコルビジェと同様、効率と機能性を重視したデザイナーにミースファンデルローエという建築家がいます。
ミースファンデルローエはコルビジェと並んで4大巨匠とよばれるほどの建築家です。
ミースファンデルローエを代表する建物に、1929年バルセロナ万博のために建てられたバルセロナ万博ドイツ館という建物があります。
シンプルでとても美しい建物で、私が大好きな建築の1つでもあるのですが、この建築のためにつくられたのがバルセロナチェアです。
バルセロナチェアは、万博にてスペイン国王をもてなすためにつくられたものなのですが、バルセロナチェア最大の特徴は、Xの形をした脚になります。
Xの形をした脚の椅子というのは、実はルネサンス期や絶対王政時代にもあったのですが、そのほとんどは、Xが正面を向くようにつくられています。
ただ、ミースファンデルローエのバルセロナチェアは、Xが横向きでつくられているのです。
ではなぜ、Xが横向きでつくられているのかというと、先ほど説明したル・コルビジェのグランコンフォートチェアと同様で、座り心地という機能を重視したからです。
これがどういうことかというと、普通の椅子は横から見ると小文字のhのような形をしていると思います。
ただこれですと、座面の下に骨格となる硬い素材がくるのでクッションを厚くしなければ座りにくいですし、最悪お尻が痛くなるわけです。
学校の卒業式で使うパイプ椅子はまさにそうです。
しかしクッションを厚くすると、それはそれで不恰好になってしまって、バルセロナ万博ドイツ館にミスマッチな椅子になります。
ですのでミースファンデルローエは椅子の部材をできるだけ細かくし、さらには座り心地を向上させるために椅子の脚を「X」にしたのです。
椅子の脚を「X」にすると、座面の下に空間が生まれます。
そうすることでクッションが薄くてもお尻が痛くならないですし、見た目もよくすることが可能となったのです。
しかも「X」の脚の片方を長くすれば、脚と背もたれを両立できます。
2つのパーツのみで椅子をつくれるのですが、一方で普通の椅子は先ほどもお伝えしたように、
- 脚
- 座面
- 背もたれ
- 肘掛け
これら4パーツがなければ椅子にならないのです。
そのため、ミースファンデルローエのバルセロナチェアは、ものすごく生産しやすい形になっているのです。
また、椅子を構成するXの部材にカーブを効かせることで、背もたれとクッションの間にも空間が生まれます。
これにより、座面だけではなく背もたれもクッションが薄いのにも関わらず、座り心地をよくすることができたのです。
ミースファンデルローエは「神は細部に宿る」という名言を残すくらい細かいディテールにこだわったデザイナーでした。
実際、バルセロナチェアの脚の交差部分は溶接した跡をすべて消しているくらいです。
そんなミースファンデルローエの美に対する探究の結果生まれたのがバルセロナチェアであり、それまでにはなかった椅子の座り心地という機能と見た目を両立させた椅子だからこそ、バルセロナチェアは名作とよばれているのです。
また、ミースファンデルローエがつくった椅子の中で、もう1つ時代を象徴する椅子があります。
それが『MRチェアー』です。
MRチェアは、キャンチレバーとよばれる前足だけで支える構造になっていて、実はマルト・スタムという人物がつくったキャンチレバーチェアという椅子をミースファンデルローエがパクったものになります。
この時代のデザイナーたちは、お互いに強く影響を与え合っていたため、パクりパクられ、というようなことを繰り返していたのです。
MRチェアはその時代のパクりパクられ文化を象徴する椅子でもあるわけなのですが、パクりパクられる前のすべての椅子の原点となる椅子は何なのかというと、それがマルセルブロイヤーという人物がつくったワシリーチェアこと『クラブチェアB3』です。
この椅子は歴史に残る名作で、世界で初めてつくられた鉄パイプの椅子なのですが、この椅子が発表された1925年以降に、ル・コルビジェが1929年バスクラントチェア通称LC1とグランコンフォートチェア通称LC2を、ミースファンデルローエが、1927年MRチェアと1929年バルセロナチェアをつくっているのです。
まさにすべての椅子における原点が、マルセルブロイヤーのクラブチェアB3なのです。
これだけでもマルセルブロイヤーはすごいのですが、さらにもう1つマルセルブロイヤーのすごいところがあるのです。
それがなんなのかというと、マルセルブロイヤーは、建築ではなく椅子をつくったということです。
これがどういうことかというと、これまでの建築家とは、建物に合わせて椅子をつくる職業だったのです。
なぜなら、せっかくきれいな建築をつくっても、椅子がダサければ空間全体もダサくなってしまうからです。
そのため当時の建築家達は、自分の建築のためにわざわざ椅子をつくっていたのですが、これは裏を返せば、建築をつくらない限りあえて「椅子だけをつくろう!」とはならなかったということなのです。
ただそんな中、マルセルブロイヤーは特定の建築ありきの椅子ではなく、どの空間にも合う最強の椅子をつくれないかと考えました。
そしてつくったのが、先ほど説明したワシリーチェアことクラブチェアB3なのです。
マルセルブロイヤーは、コルビジェやミースファンデルローエらによって、画一的かつシンプルになる建築を目の当たりにしたことにより「家具こそが空間の質を決定する」と考えるようになったのです。
また、マルセルブロイヤーはこうも言っています。
「複数の家具を置いたり、家具の組み合わせを新しくしたりすることで、部屋の様子は様変わりする。そして建築家が設計した住居は、住む人が調度品、つまりは椅子などの身の回りの物を置くことでようやく完成する。」
マルセルブロイヤーはモダニズム化する建築を肯定しつつも、最終的には家具こそが空間を完成させると、家具の可能性を確信していたのです。
ですので例えば、今の家づくりはわざわざその家に合わせて家具をつくるということはしません。
基本的に最後の最後で既製品の家具を買って、それを入れるという感覚が強いと思いますが、こういう感覚や文化そのものをつくるきっかけとなったのが、マルセルブロイヤーだということです。
マルセルブロイヤーは建築ではなく椅子をつくったということで、彼は世界初の椅子デザイナーとなったわけです。
さて、ここまでが一般的にモダンデザインとよばれる家具の時代になります。
ミッドセンチュリー
ここからは、椅子が時代の主役だったミッドセンチュリー時代の話になります。
ミッドセンチュリーとは、1950年頃のデザインを指す言葉です。
この時代は、様々なデザイナーが今までに見たことのない斬新かつ奇抜な椅子をどんどん発表することになります。
ではなぜそのようなことが起こったのかというと、理由は3つあります。
1つ目の理由が、『家具需要が急増したため』です。
ミッドセンチュリーの時代である1950年というのは、第二次世界大戦が終結した直後でした。
そのため経済活動が再開されると共に、安心して子育てを行えるような環境となりました。
こういった背景から住宅需要が伸び、それに伴って家具も求められるようになったわけです。
2つ目の理由が、『新しい技術や新しい素材が現れたため』です。
これはよく言われる話でもあるので知っている方も多いと思いますが、皮肉にも戦争は科学技術を急速に進歩させました。
具体的には
- 成形合板
- プラスチック
- 金属成形
などなど、こういった新しい技術が日用品にも使われ始めたわけです。
3つ目が、『椅子以外の家具が姿を消したため』です。
ル・コルビジェが、1929年バスクラントチェア通称LC1とグランコンフォートチェア通称LC2を、ミースファンデルローエが1927年MRチェアと1929年バルセロナチェアをつくって約20年が経過した1950年頃はモダニズム全盛期であり、装飾のない建築が非常に流行っていた時期でもありました。
その結果、棚は壁に、照明は天井に埋め込まれ、残ったのは机と椅子くらいだったのです。
そしてどの建物も似たようなシンプルな部屋になったため「家具こそが空間の質を決定する!」「椅子こそが空間の主役!」デザイナーたちはそう考えるようになります。
こういった3つの理由から、デザイナーたちはこぞって斬新かつ奇抜な椅子をどんどん発表していったのです。
そしてそんなミッドセンチュリー時代の中心人物として非常に有名なのがチャールズ・イームズです。
チャールズ・イームズはアメリカ生まれの建築家なのですが、あまりに多くの名作家具を残したため、家具デザイナーとしても有名な人物になります。
そんなチャールズ・イームズが初めてつくった名作チェアが、lcwことラウンジチェアウッドです。
ラウンジチェアウッドは、複雑に曲げた木材を組み合わせて作られた椅子なのですが、それまでは木材を曲げるとなると一方向にしか曲げられなかったのです。
例えば1930年のアルヴァ・アアルトがつくったパイミオチェアは、一方向でしか木を曲げられていません。
一方でラウンジチェアウッドは前面から座面を見てみるとわかるのですが、手前はまっすぐなのに奥の方は緩やかなカーブを描いています。
また横から見てみると、手前は曲がっているのに奥の方は真っ直ぐになっているのです。
つまり、ラウンジチェアウッドはパイミオチェアとは違い、前後方向と横方向の2つの方向から曲げを行ってつくられているということなのです。
アルヴァ・アアルトがパイミオチェアをつくった当時はまだまだ技術がなくて、こんなに複雑に木を曲げることはできなかったのです。
ただイームズは1940年頃から木を曲げる研究に没頭し、1943年骨折治療に用いる添え木を開発しました。
これがアメリカ軍に採用され、約15万個納品し、資金に余裕ができたことからイームズはラウンジチェアウッドを開発できたのです。
ではなぜそこまでして木を曲げる必要性があったのかというと、それは体にフィットする形状をつくりたかったためです。
「太ももはしっかり支えてあげたいけどお尻は優しく包み込んであげたい、複雑な立体である人間には複雑な局面を用意すべきだ。」イームズはそう考えたのです。
ですのでわざわざ複雑に木を曲げてラウンジチェアウッドを完成させたのです。
そしてラウンジチェアウッドは世紀の椅子とまで評され、世間から高い評価を得ることになったのですが、イームズはこれにまったく満足していませんでした。
なぜならば、座面と背もたれが分かれていたからです。
本来、人体の構造に合ったパーツをつくるのであれば、座面と背もたれを分割する必要はありません。
座面と背もたれ、まとめて1つのパーツにすれば事足りるのです。
イームズもそう考えていたのですが、当時の技術ではそこまで複雑に木材を曲げることができませんでした。
つまりイームズにとってラウンジチェアウッドは、世間の評価とは反して妥協してつくった椅子という認識だったのです。
しかしこれ以上木を複雑に曲げることは難しかったため、イームズは他の方法で体にフィットする形状の椅子をつくることを検討し始めます 。
そして次に目をつけたのがプラスチックです。
当時海軍の救助船に採用されたばかりの新素材、強化繊維プラスチックを椅子に用いようと試みたのです。
こうして生まれた名作チェアがdarことダイニングアームチェアロッドです。
プラスチックを使ったことで、座面、背もたれ、肘掛けまでも一体化することができたのです。
しかも座面を一体化したことで、さらなる利点を2つも生み出すことができました。
1つ目の利点が生産性です。
普通の椅子は、製造に多くの工程が必要です。
具体的には
- 脚
- 座面
- 背もたれ
- 肘掛け
- クッションやカバー
などです。
しかしダイニングアームチェアロッドは、脚に座面をつけたら完成するため、たったの2パーツだけでつくれるのです。
しかも座面は金型1つで大量生産できます。
そのため製造にかかるコストも時間も他の椅子より圧倒的に少ないのです。
2つ目の利点がカスタマイズ性です。
普通の椅子は、座面と脚が4カ所で固定されていたり、背もたれや肘掛けが脚と一体になっていたり、とにかく複雑に組み合ってできています。
後から一部を変更するというのは非常に難しいですが、この椅子は中央一箇所で固定されているだけで、座面と脚部が切り離されています。
そのため、自由に組み合わせることが可能でした。
形はアームチェアタイプとサイドチェアタイプの2種類のみですが、プラスチックという素材を活かして多彩な色の座面を用意し、
さらに4本脚タイプ、ロッキングタイプ、ハイスツールタイプ、ラウンジタイプといった感じで、様々な用途を想定した脚部も選べるようにしました。
これらを組み合わせることで、バリエーションに幅をもたせることができたわけです。
ということで、座面を一体化したことで、生産性とカスタマイズ性、これら2つの利点を獲得することができたのです。
人の体にフィットした心地のいい斬新な形でありながら、ローコストでバリエーションまで豊富なダイニングアームチェアロッドは、ただでさえ家具需要が伸びていたこの時代において家具をつくる側と購入する側、双方にとってもこれほどまでにうれしい商品はなかったはずです。
そして椅子の可能性を広げたイームズは、座り心地という機能だけでなく、見るものの心を豊かにするオブジェとしての役割をもたせようとして、実はこんな椅子も提案しています。
これはラシェーズという椅子なのですが、これはイームズがガストン・ラ・シェーズという彫刻家の作品に影響されてつくった椅子になります。
では、なぜこのような彫刻家の作品のような椅子をつくったのかというと「家具こそが空間の質を決定する」という考えがあったからです。
シンプルな形状の部屋が流行したこの時代、デザイナーたちは機能だけでなく空間の主役になるような魅力的な造形を探し求めました。
そういった背景を踏まえて、改めてダイニングアームチェアロッドを見てみると、形状はやはり椅子なのです。
それに比べて先ほどのラシェーズは、全体が緩やかにつながっていて座れそうではありますが、どちらかというと座るための椅子ではなく、飾るためのオブジェという印象が強くなっていると思います。
イームズはこういったオブジェとしても飾れる椅子をつくろうとしていたわけです。
ただし、このラシェーズという椅子はイームズの死後、1991年に製品化が実現したものの、当時の技術的な問題と価格面の問題があって、製品化ができなかったのです。
しかしそんな中、より彫刻的でオブジェとしての椅子という問いに1つの答えを出した人がいました。
それがハリーベルトイヤーです。
そしてハリー ベルトイヤーがつくった椅子がダイヤモンドチェアになります。
ダイニングアームチェアロッドと同じ、人を包み込むような複雑な局面をしていますが、どこまでが背もたれでどこからが肘掛けなのか変わり目が曖昧で滑らかな形状が実現されています。
比べてみると一目瞭然だと思います。
そしてこの椅子は世界で初めて金属の棒を溶接することでつくられた椅子の1つで、イームズがプラスチックでつくれなかった形状を金属の棒を使って実現させたわけです。
ハリーベルトイヤーは、向こうが透けて見えるこの椅子を「空気に座るための彫刻」と表現し、座り心地という機能と彫刻のような見た目を両立させ、オブジェとしての椅子を完成させたのです。
ダイヤモンドチェアは確かに彫刻的で美しい座面の椅子ではありますが、よくよく見てみると足元は普通の椅子という感じです。
ハリーベルトイヤーの椅子もイームズの椅子も、座面は魅力的な形状になっているのですが、そこからは4本の脚が生えています。
そしてこの足は決してオブジェという感じではないですし、見方によってはダサいのです。
当たり前ですが、脚もまた椅子の一部なのです。
ですので「椅子の脚もまた美しくある」そう考えた人がいました。
それがエーロ・サーリネンです。
そして彼のつくった椅子がチューリップチェアです。
ダイニングアームチェアロッドやダイヤモンドチェアと同じく、人を優しく包み込むような座面をしていますが、注目すべきはその脚です。
座面と脚が完全に繋がっているのです。
椅子全体が滑らかに連続しており、脚まで含めてオブジェのような美しい見た目を表現しています。
まさにチューリップ、椅子自体が一輪の花といった印象です。
今でこそ一本足の椅子はカフェやバーで見かけるようになりましたが、それを世界で初めて実現したのがチューリップチェアであり、椅子は脚が4本あるものという固定概念に縛られない鋭い着眼点があったからこそ、チューリップチェアが名作チェアと言われているのです。
ここまででダイヤモンドチェアとチューリップチェアについて説明をしてきましたが、実はミッドセンチュリー時代の家具には、見た目の形がそのまま名前になっているという特徴があります。
例えばマシュマロソファー、ココナッツチェア、アントチェア、スワンチェア、コーンチェア、バタフライチェア、エッグチェアなどです。
一方でミッドセンチュリー以前の椅子は、場所、人の名前、素材が椅子の名前に使われていました。
これまで説明してきたヒルハウスチェア、バルセロナチェアは場所、ワシリーチェア、MRチェア、LC2、ラシェーズは人名、ラウンジチェアウッド、ダイニングアームチェアロッドは素材です。
ではなぜミッドセンチュリー時代の家具にはこんなかわいらしい名前がついているのかというと、何度もお伝えしているように、モダニズムにより空間がシンプルになったことで、椅子が空間の主役になったためです。
主役というのはどんな作品においても人々に親しまれるものです。
椅子もまた同様で、座るためだけの道具から身近で親しげな主役へと変わっていったのです。
このことをわかりやすくお伝えをするなら、例えば汎用人型決戦兵器というのと、人造人間エヴァンゲリオンと言われるのでは、同じ意味の言葉でもエヴァンゲリオンと言われた方が親しみやすいですよね。
それと同じで椅子にも愛着がもたれるように名前をつけることで、その空間における主役になるようにしたのです。
こういった親しみやすさがあるため、ミッドセンチュリー時代の家具は今でも人気なのかもしれません。
ということで、ここまでモダンデザインとミッドセンチュリーの家具の歴史を一連の流れで解説をしてきました。
ポイントをまとめると
- 家具はその建物に合わせてつくるのが本来の姿である
- 装飾のない建築を意味する建物のモダニズム化を行った上で、その空間の個性やオブジェとなる椅子を配置する
- 家具こそが空間の質を決める
以上の3点になります。
この3点を説明するためだけに、ここまで長々と椅子の歴史を話してきました。
背景を知っているのとそうでないのとでは、言葉の重みは違ってきます。
家具自体の見方も変わります。
例えば『家具はその建物に合わせてつくるのが本来の姿である』、これを意識してなのかどうかわからないですが、住友林業にはチェスターフィットとよばれるオリジナルの収納家具があります。
これ、チェスターフィットとカッコよく横文字を使っていますが、やっていることは造作家具提案にかなり近いのです。
厳密にいうと、欲しいであろう造作家具を、あらかじめ先回りした既成の内製収納シリーズではあるのですが、住友林業の家がおしゃれに見えるのには、その家に合った家具提案を造作に限りなく近い形で行っているからという理由があるわけです。
また、私の好きな家具の1つにKOKIのスタッキングアームチェアがあります。
冒頭で紹介した椅子です。
これは椅子全体が一体になるように成形されていて、さらに足もとても細いのです。
しかもカラーも豊富に用意されています。
要はKOKIのスタッキングアームチェアは先ほど説明したダイニングアームチェアロッドのような座面と背もたれが一体となった座り心地のよさ、チューリップチェアのような脚のきれいさ、それに空間のオブジェとなるような色味、これらを考えてつくられた椅子なのです。
歴史的背景を知ったことで、KOKIのスタッキングアームチェアがどれだけ歴史を大切にしてつくられたのかがわかると思いますし、この椅子にマッチする空間をつくるためにはどうしたらいいのかもなんとなくわかるようになったのではないでしょうか。
実際に私の紹介で家を建てた方もKOKIのスタッキングアームチェアを入れてくださっているのですが、すごく満足されていました。
ちなみに、これまでお話してきたモダンデザインとミッドセンチュリー以外の家具として北欧家具というのがあるので、最後に北欧家具を簡単に説明していきます。
北欧家具
北欧家具とはデンマークやその辺り界隈の家具のことをいうのですが、これまで散々説明してきたモダニズムの波が、デンマークにも押し寄せることになります。
しかし、デンマークにおいてモダニズムは他の国とは異なる解釈で独自の発展を遂げるのです。
その独自の解釈というのが「伝統的なクラフトマンシップを大切にしながらデザインを市民に開放する」というものです。
もっとわかりやすく言い換えると「昔使われていた職人による優れた伝統的な椅子を現代のニーズや暮らしに合うようアップデートさせ、庶民でも手に取れるようにしよう!」ということです。
これをリ・デザインと言ったりします。
要は建物に合わせて家具をつくるのではなく、家具先行だったわけです。
そしてこの「伝統的なクラフトマンシップを大切にしながら、デザインを市民に開放する」リ・デザインの思想を生み出した人物こそがコーア・クリントです。
ちなみにクリントの思想に賛同した人たちはクリント派と言います。
ただこの話を聞くと、クリント派ということは反クリント派というのもいるの?と思われた方もいると思いますが、そのとおりで、反クリント派とよばれる人達がいます。
具体的には、建物の要素として家具デザインを捉えたアルネ・ヤコブセン、独自のスタイルで生みだす優雅な作品が魅力のフィン・ユールなどです。
彼らは家具先行ではなく、建物に合わせて家具をつくろうとしていたので、クリントの思想とは対立していました。
この辺の誰と誰が対立していて、というような話は北欧家具を知る上で欠かせないものではあるのですが、話の本筋からどんどん離れていくので今回は割愛します。
ただここで私が何を言いたかったのかというと、モダンデザインの家具であろうと、ミッドセンチュリーの家具であろうと、北欧家具であろうと、結局、建築というものを突き詰めると
- 家具はその建物に合わせてつくるのが本来の姿である
- 装飾のない建築を意味する建物のモダニズム化を行った上で、その空間の個性やオブジェとなる椅子を配置する
- 家具こそが空間の質を決める
この3つに帰結するということです。
ただ「それがわかったところでだから何?」と思われる人もいると思うので、最後に具体的なアクションプランを皆さんにお伝えします。
家具から始める家づくり
これから家づくりをされる皆さんは、『家具から家づくりを始める』ということを意識してください。
これを意識するだけで、家のクオリティを上げることができます。
それがなぜなのか、これまで説明してきたとおり、本来の建築は建物に合わせて家具をつくるということをしていました。
そうした方がベストマッチな空間に仕上げることができるからです。
しかし家づくりの場合、家1件1件に合わせて家具をつくっていられません。
しかもわざわざつくらずとも先人の知恵の結晶ともいえる名作家具たちや、そこからのさらに発展を遂げて進化した家具たちが今現在、世界にたくさん存在しているわけです。
それならば最初に家具選びから始めて、そこから逆算する形で家づくりをしていけばいいですよね。
建物に合わせて家具をつくるのも、家具に合わせて建物をつくるのも、順序は逆ですが、やっていることは同じです。
ですのでこれから家づくりをされる方、特に完璧な家づくりを求められる方は『家具から家づくりを始める』ということ、これを意識してください。
そして家具の中でも特に椅子にこだわりましょう!
椅子の歴史から見る注文住宅における家具の重要性のまとめ
今回は『椅子の歴史から見る注文住宅における家具の重要性』についてお話をしてきました。
歴史を遡って主要な家具を見ていくことで、家具が何たるかが何となく見えてきたのではないかと思いますし「建物と庭、同時に考えましょう!」というのと同じくらい、本来は建物と家具も同時に考えるべきものになるのです。
今回お話したことはかなりレベルの高いことになりますが、習得できれば皆さんの家のグレードも数段レベルアップするはずです。
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